「神社に呼ばれた」と感じた時、特別な意味へ急がなくていい
同じ神社の名前を、立て続けに目にする。
なぜか急に参拝したくなる。
一緒に行くはずだった人が行けなくなり、
まるで「一人でおいで」と言われているように感じた。
そんな時、
「ワタシ、神社に呼ばれているのかな?」
と思うコトがあります。
その感覚を、
すぐに気のせいだと切り捨てる必要はありません。
けれど、
「神様から選ばれた」
「特別な使命を与えられた」
という答えへ、
急いで結びつけなくてもよいでしょう。
「呼ばれた」は、神道の公式な判定ではありません
現実的な話をすると、
神社本庁が案内する参拝作法には
「同じ神社の名前を何度も見たら神様に呼ばれている」
といった判断基準は示されていません。
「神社に呼ばれた」という言葉は、
その人が経験した不思議な巡り合わせや、
心の動きを表したモノです。
とても素敵な表現でありつつ、
都合良く使ってしまいそうな側面もあります。
そんな時に心得ておきたいのは、
呼ばれた人間として特別になろうとするコトではなく
神様へ向いた心を敬いへ変えていくコト
だとワタシは思います。
自分のために
神様を都合良く解釈するのではなく
神様にとって自分が都合の良い存在であれば
自然と導かれるものです。
行きたいと思ったなら、行ってみてよい
理由はうまく説明できないけれど、
どうしても気になる。
そんな時は、
実際に参拝してみてください。
一緒に行く人が見つからなくても、
一人で構いません。
参拝する前に、
どの神様がおまつりされているのか、
どのような由緒を持つ神社なのかを少し調べておくと、
御神前で向ける心も変わってきます。
鳥居の先は、
神様がお鎮まりになる神域です。
境内へ入らせていただく気持ちを持ち、
感謝と敬いをもってお参りしましょう。
「呼ばれた証拠」を探すより、
まずは御挨拶です!
何も起こらなくても、ご縁は消えません
参拝した途端に風が吹いた。
雲の間から光が差した。
動物が近くに現れた。
心に残る出来事があれば、
ありがたい体験として受け取ってよいと思います。
けれど何も起きなかったからといって、
「歓迎されなかった」
と落ち込む必要もありません。
呼ばれたかどうかの答え合わせに夢中になったら、
目の前の御神前が
置いてけぼりになってしまいます。
ソレは、かなりもったいない!!
神様との御縁は、
一度の派手な出来事だけで決まるモノではないのですから。
ワタシにも、心を引かれる参拝があります
ワタシも神社参拝の際に
不思議な経験や奇跡的な体験をして
「コレは御縁をいただいているのかもしれない」
と感じる時があります。
それでも、
最初から験(しるし)とは思いません。
まずは足を運び、
御祭神と由緒を知り、
御神前で祈ります。
その後も出来事が重なり、
現実の中で意味がつながった時、
初めて
「あの参拝も導きの一部だったのかもしれない」
とハッキリわかり、
受け止められるモノです。
験とは、
自分を特別に見せるための勲章ではありません。
いただいた御縁に恥じないよう、
自分の姿勢を正すためのモノ。
「呼ばれたのか」を証明するより、
神様へ心が向いたコトを丁寧に扱ってください。
行きたい場所には、一人でも行ってみる!
その静かな参拝の中で、今のあなたに必要な気付きが、そっと待っているかもしれません。
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