吉田旬佑

自分の今は全て過去からしか生まれない

昨日に久しぶりに

叔父さんや叔母さんと

会って来ました。

 

本当に久しぶりで

そして時間がぐっと

幸せな時間に戻してもらえました。

 

会うたびにお互い年を取ったなー

って思ったりもしますが

でも優しい笑顔も話し方も

叔父さん、叔母さんのまんまでした。

 

僕は思うのです。

 

自分の今の可能性も

実は学校の先生でもなく

叔母さんのおかげなのです。

 

僕はある意味、

狭い世界で生きていました。

でも、僕の心や性格などを

ちゃんと理解してくれたのは

たまに会う叔母さんでした。

 

ある意味、普段を見ていない

叔母さんとの距離感が

僕の本当の価値を見出してくれたのだと

思っております。

 

そしていつも遠くから

見守ってくれています。

 

そんな僕の今を作った

感謝しても感謝しきれない

思い出があります。

 

お盆や正月に

お仏壇の仏飯を作ってくれた

叔母さんがちゃんとお供えする。

 

それを僕はお仏壇にお供えしてました。

 

そして手を合わせる

大切さを教えてくれました。

 

僕が今があるのは

多くの先祖のおかげです。

その先祖への畏敬の念を

育んでくれたのです。

 

僕は叔母さんや叔父さん達の

優しい人柄に

そして僕の見えない感性に

すっと入ってくる客観的な意見や

明るい人柄に助けられて

今があるのです。

 

そして何より

ご飯が美味しかった(笑)

 

だから僕は今の食への

感謝や思いやりは

全てこの幼少期に

あると思います。

 

今の時代に食への

感謝などが薄れている時代に

僕は手を合わせたくなる

環境で育てて貰えました。

 

僕の今はこの幼少期に

育んでもらえた心が

あるのです。

だから僕はこの道に

入ってきたのかもしれません。

 

時代は大きく変わっています。

 

でも、僕は思うのです。

 

昭和だから。

古いから。

 

この一言で

大切な普遍のあり方を

吐き捨てるのは

本当に良いのでしょうか?

 

僕はそんな時代に流されず

心の豊かさを育てて

貰えたことは嬉しく思います。

 

あなたは今の時代に

少し疲れていませんか?

 

僕は少しだけ日本人にとって

大切な習慣に戻ってみては

いかがでしょうか?

と提案します。

 

食べることの大切さ。

人への思いやり。

 

これは僕がそこで

育ててもらった感性なのです。

 

僕のこの生き方は

とても幸せなんだなあと

思っています。

 

叔父さんと叔母さんの

年の取り方を見て

僕は少し年を取るのが

怖くなくなったよ。

 

そして僕は頑固な人間だ。

 

でもそれは幼少期に

多くの時代の先人の

生き様、死に様を見れたから。

 

 

僕はこの道で多くの

人へ人生に尊敬をもって

接して生きます。

 

この世は混沌としているけれど

蓮の花は池の濁った水に咲くからね。

 

僕は眼の前のお客様が

蓮の花だと信じて見ているのです。

 

叔母さん、叔父さんありがとうね。

 

 

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